「贖罪」吉田喜重 著 を読む

先月末、吉田喜重監督から長編小説「贖罪  ―ナチス副総統ルドルフ・ヘスの戦争」を頂きました。ブックカバーチャレンジ2日目として、facebookでブックカバーを紹介しました。それについて語ってみようと思います。

「贖罪 ―ナチス副総統ルドルフ・ヘスの戦争」
吉田喜重 著
文藝春秋 2020年4月15日発行

吉田喜重監督と初めて会ったのは、おそらく2011年、十年近く前のことでした。当時私はそれまで2年間行ってきた「福井街頭映像会」を踏まえて、福井市の助成金で中心市街地活性化事業として「福井の街の物語展」を行おうとしていました。その展示の一つとして「街頭新聞」を準備しており、福井市出身の方々にインタビューを重ねていました。そんな時、手元にあった福井市制百周年記念史「わがまち福井」を何気なく見ていると吉田喜重監督のインタビューが掲載されていました。当時の私は吉田喜重監督のことも知らず映画も一本も見てませんでしたが(失礼な話ですが)、福井空襲を経験された映画監督にお話を伺いたいと事務所に電話をかけました。事務所の方に趣旨を説明するとそれならばと吉田喜重監督にかわっていただき、東京でインタビューをすることになりました。

吉田監督は仕事で福井にいらっしゃることがあっても宿泊されることはありません。親族はいらっしゃいますが、ご本人は家族とともに東京に移り住み、順化地区にあった生家はもうありません。昔と変わった福井、私の居場所のない福井を見るのがつらいとまでおっしゃいます。福井は「私を厳しく送り出した故郷」とおっしゃりました。「思い出になる街がなくなってしまった。でも無縁ですという気はないんです。それを思い出す、私はつらいわけです。そのつらさを持続することが私の福井への愛なんです」。福井への愛、その言葉は今でも鮮明に覚えています。

過ごされた戦前の福井のお話も聞きました。当時の順化小学校には肖像写真が並んでいて、一番目に熊谷組を作った熊谷家、二番目に伊井興行の伊井家、そして三番目に羽二重を営んでいた吉田監督の祖父吉田末吉氏の写真があったそうです。これは小学校建設の際に多額の寄付をした人々の写真で、その額に応じて順番に並べてあったそうです。

映画の話も聞きました。秋津温泉では長門裕之さんが演じる周作は、岡田茉莉子さん演じる新子に5回しか劇中では会いません。「5回しか会ったことのない人を愛することがありますか?彼らが恋人に見えるのは観客の想像があるからです」。映画監督になりたかったわけではなく、家族を養うために少なかった就職先の一つとして映画会社を選んだだけ。インタビューではそんな話も伺いました。

突然やってきた福井の若手研究者(当時は)に2時間以上もお話をしてくださる。また、監督の人柄、語り口調と内容の深さ、その2時間で私はすっかり吉田喜重監督に惚れ込んでしまいました。いつか吉田喜重監督を福井に呼びたい。それが実現したのは2014年、3年後のことでした。

吉田喜重監督映画上映会。フクイ夢アートで企画したこの上映会では「秋津温泉」「エロス+虐殺」「鏡の女たち」の三作品の上映と監督のトークショーを行いました。特別協賛は熊谷組。会場は伊井興行のテアトルサンク。そして吉田喜重監督の映画。戦前の順化小学校の縁が今の時代に再現されたのでした。

上映会の後、福井の名産、天たつの汐うにともみわかめをお中元とお歳暮に送る、お礼状をいただくの日々を繰り返しながら、監督が元気でいらっしゃることを嬉しく思っていました。そして今回、「贖罪」が届き、天にも昇る心地です。本当に嬉しいです。

「同じ時代に生きあわせた証しとして書き上げた」。1941年に単身イギリス本土に戦闘機で飛び立ったナチス副総統ルドルフ・ヘス。監督が偶然手に入れたという機密文書、ヘスの手記。主語がないその手記を紹介し、監督の言葉が加わりドキュメンタリーではなく小説としてこの本は完成します。

元は英文であった手記を監督自ら翻訳されたこともあり、全体が統一された文体で記述されています。それゆえに、これは歴史書なのかそれとも小説なのか、読み進めるうちに段々とわからなくなります。それもおそらくこの小説の目指すところなのでしょう。主語のないヘスの手記、それがいつしか吉田監督がその主語を代弁し、最後の言葉を紡ぎます。あまりネタバレをしたくないので、このあたりはぜひに実際に本を手に取り体験してほしいと思います。

ただ、冒頭からの61ページを私たちはどのように読むべきなのでしょうか。ここでは吉田監督がヘスの名を知ったきっかけが、戦前の福井での監督の日々の生活とともに語られ、あたかも私小説のような記述になっています。監督の福井への想いが込められています。好きだとか嫌いだとか、そういうことを超えた想いです。監督は福井空襲、福井地震で多くのものを失われました。福井を訪れることは少なくとも、これだけの想いを遠く離れても抱き続けておられる。監督の福井への愛を、私は改めてこの小説に読みました。

監督の映画を愛する人だけではなく、福井の人たちにも読んでもらいたい小説です。

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