大学教員の仕事の一つに取材を受けるというのがあります。専門家ということで、メディアの方々から彼らが書いた記事の裏どりのためにコメントが必要となるのですが、木川はこれまでこういう取材は受けることがあんまりありません。その大きな理由は木川のフィールドが映画とかまちづくりとかなので、その分野では多くの専門家がいるので大学教員じゃなくてもコメントもらえることが多いからではないかと(えー木川が人気がないからだ、という声はここでは受け付けません)。

さてと、そんな私にもとうとう取材依頼がきました。ワクワクしてましたが、その内容が重い。さらに取材元から事前に頂いた宿題がもっと重い。。。

「ポストコロナの観光業について」

COVID-19の終息後、観光はこれまでと変わらないのか。もし変わるのならばインバウンド頼りのこれまでの観光からどう脱却するか、について伺いたいとのこと。

壮大だ。。。ただ、この質問は様々な専門分野の人に聞いてまとめるとのことで、木川の場合は観光学の専門家という立ち位置。

考えてみました。そして思い返せば、こういう頭をぐるぐると回さないとどうともならない命題に向き合うことはこの最近なかったかも。答えを探すのではなくて、答えを作る宿題。観光学部に移動してから向き合ってきたことの多くは“答えは見えているけれども、それをどうやって実現すんねん”問題。いわば、木川も時代に翻弄されてきたわけです。観光という世界の大きなうねりの中で。好況の中で。右肩上がりの観光の世界で。

次に示すような図は観光を語るときに大変多く使用される観光庁の「明日の日本を支える観光ビジョン」で示されている日本の旅客数の目標値です。

国内旅行者の消費額は2020年では21兆円、これが2030年には22兆円。国内客がほぼ横ばいなのに対して、訪日外国人旅行者(インバウンド)は8兆円から15兆円へと倍増。この増加分を地方へと交流人口としてまわすことができれば、地方は維持できる。そのやり方、そのマーケティングや受け入れ整備が国策で進められてきたわけです。ただ、この数字。2020年に4000万人のインバウンドはCOVID-19、オリンピック延期の影響で、実質不可能な数字となりました。それどころか、今年は前年を下回るのも確実でしょう。今まで順調に増えてきたんです。観光業界ではこの目標値が実現することを前提に多額の投資が行われてきました。この急ブレーキがどんな影響を生み出すのか。考えるのも恐ろしい、、、世界です。

それだけを述べるだけでは取材にはなりません。記者の方に説明したことは、大事なことは自分たちがどんな状況にいるかを理解して、そのステージに合わせた対応、次のステージを睨んだ対応をすることでした。

現在の状況のステージに参考になりそうなのは2013年11月にJICAが出した「復興プロセス標準書」の中の図です。これは2011年の東日本大震災をきっかけに作られたもので、おそらくJICAなので日本国内向けだけではなくて、海外で起こった災害に対する復興支援に適用するためにまとめられたものでしょう。

この図が示すのは「平時」から「避難生活期」「復興始動期」「本格復興期」の復興プロセスのモデルです。確かにこれは大地震などの災害を想定しているので、現在の状況は市民生活に関して言えば、モデルは当てはまらないでしょう。しかし、観光業、飲食店の人たちにとってはここに示される避難生活期と同等の状態です。さらに大きな問題はこの避難生活状態がいつまで続くのかが全く見えないこと。産業界は4−6といい6月が終息と考え、映画業界では4−7と言われていますが、その見切りで進むのか。終息は見えない。でも、業としての観光業、飲食は避難生活ではなく、次の始動期、本格復興期を見据えた行動をしなければ生き残れない。詳しいことはきっと取材した記者の方がまとめてくれると思います。

他にも(観光学の専門家)としてそもそもCOVID-19騒動前の観光業自体に多くの問題点があったことも指摘しました。厳しい言葉を言えば、実際にはインバウンドを含めた観光需要の好況でやっと生きながらえていただけとも言えるのです。インバウンド頼り。その好況は生きながらえるためではなく、次のプロセスへの投資にまで視野が及んでいたかどうか。オーバーツーリズムや地方創生の議論が高まっていました。その問題が指摘されて広く共有されて、その解決策が模索されるプロセスがいよいよ始まろうとしている、そんな気配がありました。しかし、社会がよくなる手前でCOVID-19にリセットボタンを押された。そんな風に感じています。

たとえば問題点の一つ。今、日本中で地域扶助力が低下しています。1995年1月7日の阪神淡路大震災では、77%の被災者が地域住民に助け出されました。25年後の今、これだけの力があるでしょうか。そして観光はその地域をつなげるべき事業ですが、地域との分断の一要因にもなってきました。それがインバウンドも含めた観光の好況です。たとえば白浜町は日本を代表する観光地の一つです。温泉、アドベンチャーワールド、関西だけでなく日本中から人を集めます。しかしその一方で、夏が繁忙期、冬は閑散期としてまわす観光地ではダメなのです。一年を通じての雇用がないので、町民の平均所得は和歌山でもかなり低い方です。観光地ではありますが、住民と一緒に豊かになる観光にはなっていないんです。観光が栄えて町が滅びる。それを防ぐのが観光まちづくりという考え方のはずでした。

思えば、木川が京都で建築学生をしていた90年代。京町家はぞんざいな扱いでした。誰も見向きもしない。邸宅とかもほったらかし。潰されてマンションになる、そういう時代でした。そして住民も生まれた時からまわりにある日常の風景の住宅であって、それを残そうっていう感覚もないし、残そうっていう人たちを助ける気持ちもなかった。それがいつしか、邸宅が結婚式場として使われるようになり経済的に稼働を始めます。それをみんな品のない使い方と思ってました。このような状況があったから、近年外国人の経営による町家をつかったゲストハウスが増えてきたんです。京都の人たちはこれに対して怒るわけです。でも、そもそもその町家を大事にしてこなかったのは誰やねん。。。自分たちの財産の資産価値に気づいてなかったわけです。

他にも近年の黒門市場も重要な事例です。COVID-19騒動前は行ってみたいと周囲に言うと「ぼったくりの店が多いから、行かん方がええで」と言われてきました。昔はそんなところじゃなかったはずなのに。儲かるから。その思いで、質の低い商品を高値で出していた店もあったのです。では、今、インバウンドが来ない状態でどんなことになっているんでしょうか。お客さんがいなくて大変なはずです。それを地元の大阪の人たちは助けようと思ってくれるのでしょうか。またこの先しばらく回復が見込めないインバウンド客ではなく地元客にターゲットを変えようとしても、みんなに染み込んだ“高くて観光客向けのクオリティの場所”という思い込みを簡単に払拭できるのでしょうか。

COVID-19にリセットボタンは確かに押されました。でも、本来、観光で実現しなければならなかった地方創生、持続可能な社会の像は今もかわりません。むしろ、その足取りは観光が好況すぎて進んでいませんでした。住民のための観光、地域のための観光。持続可能な観光。それを改めて目指せる時期なのかも知れないです。

ZOOMの会議にみんなが慣れ、密集をさけることを求められ続けている若者たちにとって、東京はこれからも魅力的な場所でしょうか。少なくない数の若者たちが、自分たちが食うだけのお金を稼げて、ゆっくりと生活できる環境を求めて地方へと向かう。そんな未来のきっかけの一つが今回の騒動になるかも知れません。

この1ヶ月の間に、実際に飲食を営む自分の知人の中には自死を選んだ人もいます。確かに、医学は人の命を救う仕事であり、彼らの提言に従うことは命のために大切です。でも、観光も人の命を救う仕事です。豊かな暮らしがあってこそ、人口は増えます。暮らしがなければ人口は増えない、それもある意味、社会的な死です。医学で助かる命だけではありません。COVID-19を乗り越えた、でも社会が死んでいれば、手術は成功しても亡くなる患者になってしまいます。

ネットの心無い人たちの言葉には、個人的な権利を損なわせるべきと強く主張するものも少なくありません。国が個人の権利を完全に奪うことができる社会であれば、COVID-19との戦いはそれほど難しいことではないのかも知れないです。しかし、それを私たちは求めているのか。大層な言葉を使ってしまいますが、これは民主主義の試練との戦いなのかもです。

ということを取材ではなんとなく答えました。

大学が閉鎖中なので今回の取材は和歌山県庁で受けたのですが、入り口にこんな箱が置いてありました。
寄付あつまってるんでしょうかね。

今回はこれぐらいで。

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